2007年05月29日

事実も小説も映画も?奇なり

2丁目でヤボ用を済ませた後、時間ができたので武蔵野館へ。「主人公は僕だった(原題Stranger than Fiction)」 を見てみた。
エロカワという言葉はマギー・ギレンホールのためにある!とまず断言したい。醸し出す雰囲気はオドレイ・トトゥに似ているんだけど、 セクシーさでは断然こちら。しかも演じるアナ・パスカルの役柄が「スウィート・ノベンバー」のシャーリーズ・ セロンみたいな魅力あり過ぎの女性なものだから一層応援してしまった。

肝心の作品についてだが、私はすごい楽しめた。石原良純ことウィル・フェレルの無表情演技がとにかくおかしくて…。 これこそキャスティングの勝利でしょう。でもブログをあたっていたら微妙な意見が多かった。引用するのは「Addicted to the Movies and Readings!」さんのレヴュー。

 カレンが書いている小説が「死と税金」で、悲劇で、かつてないくらい傑作で、最後で主人公が死ぬ以外の選択肢はなく、 それによって素晴らしい小説となっている…っていう設定だけど、ハロルドの行動以外の部分がわからないもんだから、 そんなに素晴らしい小説に思えないんだよね。だから、「主人公が死ぬ以外の結論はありえない」とか言われても、説得力がないというか。

確かに映画の中の描写だけでは「Death and Tax」が文学史上に残る傑作とは考えづらい。でも、ですよ。 産みの苦しみをエキセントリックに演じるエマ・トンプソンに「自然で皮肉でこれ以上ない死に方だわ」と言われ、ダスティン・ホフマン (味出しすぎ!)に「残念だがこのラスト以外はありえない」と真顔で言われれば、私みたいな単純バカは”そうなんだ”と思ってしまいました。

平坦でルーティンな日々が崩れ、いつか自分が物語の主人公になり、アナみたいな女性と恋をする。男なら誰もが妄想しながら、 結局は踏み出せない一歩を踏み出し、新たな人生の扉を開いたハロルド。場面場面に合った音楽もあいまって思いっきり感情移入してしまった。

むしろ私がもうひとつに感じたのは大オチのほう。誰も死なないハッピーエンドが前提だったのかもしれないけど少し強引過ぎる気はした。 まあハロルドが作家と対面したあたりから、冷静に考えてみれば脚本上いろんな矛盾が出てきてはいたのだが。

ということで結局結論は「微妙な作品」(何だそりゃ)。でも同時に米国映画の底力というか裾野の広さを感じた。 ポっと出が書いたシナリオでも、イケる!と判断されればパラマウントという大会社が予算をつけて、これだけのキャストが集まってしまう。

外からの勝手な物言いだけれど、何か日本では脚本家の地位が不当に低い気がする。オリジナル脚本が皆無に近いのも当然だと思う。 使い捨てられると分かっていれば才能のある人は別の業界を目指すはずだもの。
せっかくいいシナリオが出てきても、製作委員会方式でリスクと同時に責任も分散しちゃうから、 多くの人の意見が入り乱れて結局グダグダになっちゃうんだろうな。結果カネをかけた映画ほどつまんなくて、 すぐれた作品は単館上映のままマニアだけのものになって終了、と。

これじゃあ日本経済と一緒で縮小均衡を続けるだけでしょう。

プログラムを見たら脚本のZach Helmはこれでスターダムにのし上がり、この秋全米公開予定の最新作「Mr.Magorium's Wonder Emporium」でついに監督デビューを果たすそうな。D・ホフマン、ナタリー・ ポートマン主演のコメディということでこれも面白そうだ。



posted by tso-tsi at 23:37 | Comment(2) | TrackBack(19) | cinema2007

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