基本的に込んだ映画館は好きではない。そりゃ両脇は空いているほうが楽だし、KY観客の出現確率が高まるからだ。 なぜかガラガラだった梅田ブルク7の「ブレードランナー ファイナルカット」はおかげさまで最高に楽しめた。
でもたまにフルハウス状態で見ることが感慨をより深める映画がある。最近でいえば「4分間のピアニスト:Vier Minuten」がそうだった。

素人目に見ても編集の粗さやシナリオ上の説明不足、説明過剰が感じられるくらい。時間軸のズラし方などもやってみました感があり、 いろんなブログでレビューされているように中途半端さはぬぐえない。何か伝えたいことが多過ぎて、 でも表現しきれないもどかしさみたいなのが感じられた(プログラムにあった資金不足の影響かもしれません)。 ところがその未熟さを補うような、というかその荒削り感とシンクロするようなジェニー(Hannah Herzsprung) がスクリーンに、そして映画館そのものに尋常ではない緊張感を与えていた。

抑圧からの解放を全身で表現する演奏シーンももちろん素晴らしい。でも例えば五点拘束を解こうと泣き喚きながらもがくシーン。 そして久々のコンクールに感情が不安定になりトイレのガラスを割るシーン (プログラムによるとハンナーがオーディションで演じたのがこれと紙を食べるシーンだったそう)。 弱さとその裏返しである外への暴力衝動を完ぺきに演じてみせる。すごい。
抑圧する主体としてのナチSSと女子刑務所。愛するものを奪われたクリューガーと愛する音楽の開放を許されないジェニー。 そして心と記憶に刻まれてしまった禍々しい記憶。 見事なまでに対比を描く二人の傑出した音楽家の人生がピアノを通じて交差しストーリーは一気に加速し、クライマックスの4分間で頂点に。
大袈裟じゃなく、おそらく一生忘れないであろうラストシーンのストップモーションからエンドロールに移行した刹那、
両隣から同時にため息が漏れた。
照明が点き席を立つ。少しだけ目が合った隣の人、そして後ろの人と無言の会話が交わされた気がした。
息詰まる映画は息詰まるシチュエーションで見るといい、のかなあ。
以下追記
どっかのブログで「ドイツ人はナチの記憶を前提としなければ過去を語れない」とあったけれど、当たり前だと思う。
ホロコーストは民族の存在を、そして記憶までも消去しようとする行為だからだ。
以前も書いたけどドイツ人ほど徹底的に自己と向き合う国民はいないと思う。「ヒトラー 最後の12日間」「白バラの祈り」「ベルリン、
僕らの革命」に続きまた永久保存ドイツ映画ができてしまった。
